理事長挨拶
はじめに
わが国では、医学・医療の進歩、生活環境の整備、及び栄養状態の改善などと相俟って、急速な勢いで人口の高齢化が進行しておりますが、がんは昭和25年以来ずっと増加し続け、昭和51年からは心臓病や脳卒中を追い抜いて死因の第一位を占めております。今や国民のほぼ3人に1人ががんで命を失うという状況のなかで、胃がん、大腸がん、肝臓がん、膵臓がんなどの消化器がんの罹患頻度が高いのが特徴であります。また、最近の動向として、(1)高齢者のがん、(2)難治がん、そして(3)多重がんなどの増加が指摘されていますが、今後においても「がんをいかに克服するか」ということは、医学的のみならず国民的にも重要な課題でありますので、消化器がんの検診が「集団から個へ」の流れがあってもその重要性はいささかも変わるものではないと考えております。まさに、「がん検診は命の検診」であるという認識の共有が必要であります。
がんの予防対策としては、もちろん生活習慣からがんの危険因子を避け、かつ予防因子を積極的に取り込むことによって、がんの発生を未然に防ぐ一次予防が最も重要であることは言うまでもありません。しかし、一次予防の効果が出現するまでには長い年月を要するという難点があります。したがって、「何人といえども絶対にがんにならない」という保証がない限り、既に発がん現象が始まっているであろう人達から無症状の早期がんの段階で発見して早期治療に繋げてがんによる死亡を防ぐという二次予防の役割は、21世紀においても医療技術の進歩と相俟って大きな意義を有するものであります。
日本消化器がん検診学会の沿革
さて、わが国における消化器集団検診の夜明けは昭和28年の入江らの胃X線間接撮影の試行、昭和31年の黒川、有賀、湯川らの胃集検開始に遡りますが、本学会の歴史は昭和37年に日本胃集団検診学会として発足し、その後「胃から消化器」へという流れの中で昭和57年学会創立満20年の第21回総会から「社団法人日本消化器集団検診学会」に、さらに平成18年4月から「社団法人日本消化器がん検診学会」へと名称が改められまして今日に至っております。本学会は、このような50有余年にわたる消化器がん検診の歩みの中で、消化器がん検診に関する学術的研究の進歩とその成果を実際の検診に応用し、発展・拡大させ、そして有効性を評価することによってわが国のがん対策やがん死亡率減少に大きく貢献してきたと思います。
消化器がん検診の今後の課題と解決に向けた取り組み
しかし、一方において、昨今「日本のがん検診は本当に有効なのか」という疑問が提起されてきたのも事実であります。その背景にあるものは、がん検診は多くの保健・医療資源を必要しますので、がん検診の有効性を科学的根拠に基づいて論理、証拠、費用効果を再評価して、そしてがん検診の利益、(効果)、利益の限界、起こり得る不利益等を一般の人達に広く情報開示して説明責任を果す努力が求められるようになったからではないかと思います。社会経済的レベルが高く、かつ国民皆保険制度下にあるわが国で、がん検診の厳密な有効性評価を実施するには様々なバイアスやコンタミネ-ション、さらには倫理上の問題など社会的困難性が存在することは事実でありますが、いわゆるEBMに基づいて科学的視点から「消化器がんの検診システム」を見直しをする姿勢は極めて必要なことであります。今日がん検診の有効性評価についての論議が高まっていますが、できるだけ「より精度の高く安定した消化器がん検診サービス」のシステム構築のために、正しい情報を一般国民と行政担当者と検診従事者とが共有することは極めて重要なことであり、それを推進することが私どもの学術団体としての責任であると認識しております。そこで、消化器がん検診における検診精度の管理を全国的に標準化・統一化するために、NPO法人「日本消化器がん検診精度管理評価機構」を別組織で設置して検診従事者および検診実施機関・精密検査実施機関に対して教育研修事業・検診技術検定評価事業等を実施しております。なお、厚生労働省の「市町村事業におけるがん検診の事業評価の手法」の胃がん検診チェックリストが発表になっていますが、読影に従事する医師については本学会の研修を修了し、認定取得を目標にしていること、読影は原則として1名は本学会認定医とするとなっています。このようなことから、今後本学会と会員の果たす役割と責任は益々大きくなってゆくものと考えています。
本学会では、胃がん検診方法の再検討、胃X線撮影法(間接・直接)標準化、ペプシノゲンとピロリ菌の胃がん検診への応用、大腸がん検診精度管理、超音波検診の精度向上と普及等に向けて委員会や付置研究会において検討が図られてきました。消化器内視鏡集検の普及と発展についても学会として現在積極的に取り組んでいる課題であります。さらに、将来消化器がん検診・診断へのマイクロカプセル内視鏡検査、バ-チャル・エンドスコピ-(仮想内視鏡)、PET、4次元CT, 顕微鏡CT、遺伝子診断などいろいろな新しい診断技術の応用が期待されています。これらの先端技術は、将来に大きな夢と期待を膨らませてくれますが、実際に集団を対象とした消化器がん検診への実用と普及となると、現時点ではまだ克服すべきハ-ドルが高いのではないかと思われます。しかし、これからの10年の間には、がん検診そのもが大きく変わっていくことが予想されます。
本学会としましても、単に学術研究活動だけにとどまることなく、今日消化器がん検診が集団検診(対策型検診)から個別検診(任意型検診へと変容しつつある中で直面する様々な問題を抽出して、それらの問題解決に取り組む必要があると考えております。とりわけ、(1)市民公開講座やマスメディアを活用して一般社会に対して消化器がん検診の重要性と効果と利益について積極的に広報活動を行って啓発に努める、(2)消化器がん検診関連学会・研究会の協議会を通じて協調体制を図り情報を共有する、(3)受診者から見て安全で、安心と納得のできる消化器がん検診の実現に向けて、検診実施方法の科学的評価と標準化、事業評価の実施、医療従事者の研修、受診率向上策など、消化器がん検診システム全体の精度管理の質的向上・維持を図る、(4)消化器がん検診の明るい未来のために、新しいがん検診方法の開発と導入に向けての研究の支援と推進、(5)第3次対がん10ヵ年戦略の一環であるがん対策基本法のがん対策推進計画の目指すがん克服の基本理念を視野に入れて、これまでの二次予防一辺倒から、一次予防と一体化した新しい消化器がん検診の構築、(6)がん検診にたずさわる専門職能集団(医師、放射線技師、看護師、保健師、事務担当員など)の人材育成の支援、そして消化器がん検診学会の認定医制度から専門医制度への移行(7)行政との情報交換と協調関係の樹立、などが私どもの学会に課せられた課題ではないかと認識しております。
社団法人日本消化器がん検診学会
理事長 荒川 泰行
